雑記

珍しく、夜に茶の間で爺さんと会った。薬を飲み忘れたらしい。
普段から色々と昔の会話をしていたが、ふとしたきっかけで普段は滅多に語らない話をしてくれた。


聞きたいと思っていて、聞けなかった事。


戦争のこと


ぽつりぽつりとだが、遠い昔を見るようにタバコを片手に話してくれた。
爺さんは中国の輸送部隊に所属していた。
毎日毎日数十キロの荷物を担ぎ、山道を40キロ歩いたらしい。
靴下はあっという間に擦り切れ、2枚履いて行軍しなければなかった。
洗濯もロクにしない軍服の行進で、スネの毛は全て擦れて無くなってしまった。
食料は米だけで、周囲を見渡せばやせ細った男達ばかりであった。
20代にもなったかならないかの若者達が。
休憩時には、荷物を背負ったまま座り込み、たった15分の休憩でほとんどの男達は疲れ果てて眠っていた。休憩が終わっても眠り続ける人も。
行軍中すら、眠っている兵もおり、牛の尻尾を掴んだまま行軍してたこともあったらしい。
洗濯等は出来るわけも無く、着の身着のまま沼や山や森を毎日行軍していった。
仲間達は赤痢や日射病で次々倒れる一方で、仮病を使って軍医に行った者も少なくなかったそうだ。しかし、病気での死者は想像以上にいた。
夜の睡眠では、日本では味わう事の無い暑さに襲われ、下に敷いた布を朝見ると人型の汗の跡が残るほどだった。
お風呂など、ほとんど入れなかったがたまにドラム缶やツボにお湯を入れて入ることもあったそうだ。
敵との遭遇時はただ、ひたすら地面に這いつくばって弾丸の嵐を耐えるのみ。


爺さんは、軍医に一度もかかった事も無く、暑い日はひたすら水を被って日射病を避け耐え続けていたらしい。仮病も使わず、不満も言わず、敵との遭遇時にはかならずその場にいたらしい。そんなのは今の爺さんを見ていれば分かる。
幸運にも爺さんの隊は将校が多い部隊であり、前線部隊ではなかったそうだ。
むしろ、だからこそ、こうしてここにいるのだとも言っていた。
逆に今のお前のような年代の奴はほとんど死んだとも。


最後に爺さんはこう言って締めくくった。
「敵との遭遇時はただ四つん這いになって、弾を避けていた。だけど、目の前には数十発という弾が着弾していた。何度もそんな事に遭遇した、だけど当らなかった。運が良かった。逆に当る奴は何処に隠れていようと当っていた。運が悪かった。・・・・・・・運だったんだろうな・・・・。」


忘れられない過去がある。そう思った






































課金する金も無い(´Д`)、とある夜のお話